最近の趣味はなんですか?と聞かれたら間違いなく「わが子の耳掃除」と答えるくらい耳掃除が好きだ。
僕は元来耳かきが好きで、小学生頃から綿棒は邪道と断言し、竹の耳かきを使って自分の耳くそを採取することに情熱を注いでいた。あの細い竹を通して感じるわずかな感触と、それに連動して響くカサッ、ゴソゴソという音だけを頼りに自らの内を想像し、探り当てる。ある種の自己啓発性を孕んだその行為の先には成功もあれば、失敗もある。そして何より、同じ形、大きさの耳くそに出会うことは2度となく、焦って削り取ろうものなら耳の奥深くへと消えて無くなる。そんな刹那的な感動と喪失を与えてくれるのが耳かきの真の魅力だというのは多くの方が納得してくれるだろう。
時に、みなさんは赤子の耳を見たことはあるだろうか。それはまるでアラブの原油が如く、潤沢な耳垢に溢れかえっている。その生産のペースも尋常ではない。大人であれば一度耳かきをしてから1週間程度時間を空けないと十分な耳くそが溜まることなく、待ちきれず耳かきをして失望と自責の念に駆られた方も少なくないだろう。それに対し赤ちゃんの耳垢は、耳掃除をした翌日、ともすると当日の夜には相当量充足されている。これにあやかり、日々僕は耳掃除が日課となった喜びを噛み締めながら生きている。刹那的な感動はどこへ行ったんだとツッコミを受けるかもしれないが、構わない。わが子の耳もいつかは我々と同じように週一しか耳くそを生産しなくなるか、それより早く耳掃除をさせてくれなくなるだろうから、、その日までぼくは綿棒を握り続けよう。

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